2020年2月14日
野球界において野村監督ほど、人を育てた人はいないと言えるほど、監督の教え子が指導者として球界を支えている。その監督がお亡くなりになった。私だけでなく、多くの野球ファンの皆さんは悲しい思いをされていることと思います。 野村監督は1954年にテスト生で南海へ入団。常に弱者の立ち位置に身を置き、弱小球団を優勝に導き、伸び悩む多くの選手を、野村再生工場と言われるほど個々の強みを引き出し、再生させた実績は本当にすごいこと。 名言・語録、ボヤキや考え方を今後の糧としてブログで書き留めておきたいと思います。 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」 「王や長嶋がヒマワリなら、俺はひっそりと日本海に咲く月見草」 田中将大投手の活躍に「マー君、神の子、不思議 […]